社長のいか塩辛

職場の仲間と函館旅行に行ったやなぎ妻の土産、「社長のいか塩辛」である。

この塩辛と出会ったのはかれこれ20年近く前になるだろうか。裏メニューっぽいネーミングの食べ物は名前だけで美味しい気がしてしまうものだが、これは実際本当に美味いのだ。

 

酒がすすんでたまらんち。


アブドーラ・ザ・ブッチャー

根っからのサボり症で2月はかなりブログの更新をサボってしまったが、ネタにしたいことは結構あった。


2月19日のアブドーラ・ザ・ブッチャーの引退もそのひとつ。

御年78才、車椅子での登場。日本テレビならともかく、NHKで大きく取り上げられたのには少々とまどった。

 

全日本プロレスファンだった私は、高校生の頃、同じくプロレスファンの友達と休み時間によくブッチャーのまねをしてふざけたものだ。空手7段の腕前のブッチャーが、ヒューっと息を吐きながらする空手のポーズは、やろうと思えば今でもできる(もちろんやらないが)。

魔法使いの靴のようなシューズで相手の急所を蹴ったかと思えば、レスニングパンツ(道着?)の中からフォークを出して腕に突き刺したり、自身もジャイアント馬場の空手チョップを浴びて額から大流血したりと、悪役レスラーのパイオニアであり最高峰といっていい。

 

後半は妙に好かれて、馬場とタッグを組んだりして愛されキャラになり、それはそれで楽しませてもらった。

これからは「悪役レスラーの育成に当たる」とのことだが、お元気で頑張ってください。


三田を見た

学生時代の仲間と久しぶりに三田で飲むことになり、せっかくなので少し早めに到着してキャンパスをぶらりとした。

東館。我々が学生の頃はこんなしゃれた建物はなく、通称「幻の門」と呼ばれる門があるだけだった。

東館と旧図書館の八角塔

旧図書館(明治45年築・重要文化財)は修復工事中だった。学生時代はまだ「旧」ではなく、現役の図書館として利用していた。

塾管局

福沢諭吉終焉の地(自宅跡)

大銀杏。ここに行けばたいてい誰かに会えた。自主休講してラーメン二郎でも食べるかということになる。

大学入試も一段落した3月上旬、しかも土曜の夕暮れ時だけに、人影もまばらだ。

三田演説館(明治8年築・重要文化財)。福沢諭吉胸像は旧図書館前にあったものを、工事中は移設しているのだろう。

創立150周年記念行事で2011年に建て替えられた南校舎。我々は124期生なので当然使用していない。

 

キャンパス東側の一角が空き地になっていた。三田キャンパスはカレッジソングで「三田の山」とか「丘の上」とか謳われているが、こうして見下ろすと高台であることがよくわかる。その昔はここから海が見えたらしい。

大学付属の博物館を建てるそうだが、どうやら遺跡が出たらしい。江戸時代、このあたりには島原藩の中屋敷があった。その時代の遺構だろうか。博物館を作るならうまく保存展示しても面白いかもしれない。重要度次第だろうが。

 

「つるの屋」は当時から残っている数少ない居酒屋で、私もゼミの先生にごちそうになったことがある。この日は学生弁論大会の打ち上げをやっていた。

今回は慶應が当番校だったのだろう。中央、明治、早稲田・・・「学生注目!」「塾生注目!」などと盛り上がっていてかなり賑やかだったが、自分たちも身に覚えのあることなので微笑ましく見守った。

5時から飲み始めたおやじ4人はおねむになって、8時半にお開きとなった。


33

3月3日。

 

ここのところ更新をサボりっぱなしの当HP本体「ばらと温泉と日本酒ラベル」の誕生日。

 

当時最先端(?)だったHP。職場の同僚に教わりながら2,3ヶ月格闘し、2002年3月3日に開設した。

 

時代はHPからブログ、ブログからインスタグラムへと移ってきたが、HPにはHPなりの良さがある。HPを作ったそもそものきっかけは私の日本酒ラベルコレクションを見た同僚から「これ、HPにしたら面白いよ」と言われたこと。確かにコレクションの「まとめ」として面白い。更新を怠っているうちに、もう相当ファイルが溜まってしまった。そろそろまたまとめなければ・・・。


熱海伊豆山温泉小旅(6)〜MOA美術館〜

11時にハーベストクラブ熱海伊豆山をチェックアウトして向かったのはMOA美術館。

 

標識に導かれるまま進む道は急坂の上に道幅も狭くてびっくり。

小田原の市街地を過ぎると海岸線は断崖が続く荒々しい姿に一変する。東海道が箱根に迂回したのも、東海道本線が開通当初は御殿場回りだったのもうなずける。100万年前、南方にあった「島」の伊豆がフィリピン海プレートに乗って本州に衝突したのはちょうどこのあたりだ。

 

標高260メートル、アクセスはよくないがMOA美術館は代わりに見晴らしを得た。

もちろんコレクションも素晴らしい。国宝3点、重要文化財66点を含む約3500点を所蔵している。MOAのMOは創立者の岡田茂吉のイニシャル。Aはassociationの頭文字だそうだ。

 

入ってすぐに度肝を抜かれるのが黄金の茶室。

秀吉の「黄金の茶室」を復元したものだ。

 

国宝 野々村仁清作「色絵藤花文茶壺」

国宝 尾形光琳作「紅白梅図屏風」

毎年、梅の季節の2月にのみ公開される。

この美術館は一部を除いて撮影可(フラッシュ不可)だ。

 

「花の茶屋」で昼食。

この庭は「紅白梅図屏風」を意識しているのだろう。

「一白庵」で和菓子と抹茶。

 

依田満・百合子作の万華鏡の天井

ヘンリー・ムーア作「王と王妃」

エミール・アントワーヌ・ブールデル作「アポロンと瞑想」「走りよる詩神たち」

 

ということで、今回の小旅は終了。いい所に泊まり、美味しいものを食べ、素晴らしい芸術作品を観て、「極みの土日」だった。


熱海伊豆山温泉小旅(5)〜東急ハーベストクラブ〜

朝食はチェックイン時にバイキングか和食御膳を選べる。小食のくせにいつも取り過ぎて後悔する我々夫婦は和食御膳を選択。和食御膳も数種類から選べる。

斜め前方には朝ビールを楽しんでいるご夫婦。連泊だろうか・・・うらやましい限りだ。

 

食後は食事処の前庭をぶらり。

そのあと部屋に戻ってチェックインぎりぎりまでまた寝てしまいましたとさ。

 

う〜ん、ぐーたら旅の極み!


熱海伊豆山温泉小旅(4)〜東急ハーベストクラブ熱海伊豆山◆

ハーベストクラブは部屋使用のみ(つまり素泊まり)ならば4千円。2連泊3連泊するならコンビニ弁当で安く済ませる手もあるが、たまの温泉旅行でそれでは悲しすぎる。外食では運転があるので酒が飲めない。

 

ということで、せっかく大人気の熱海伊豆山を予約できたのだから、大奮発して「極会席」+朝食の宿泊プランにした。1人2万円程だが、休前日の熱海伊豆山でこんないい部屋+豪華な食事だったら倍はかかりそう。

 

「春浅し月」と題した会席料理の始まり始まり。

熱海ビールで乾杯。

 

旬肴

吾運福和え:梅大根 梅人参 蓮根 白蒟蒻 金針菜 松葉蕎麦 ぶぶあられ
北海道産鮟肝の旨煮 汲み上げ湯葉 菜の花 木の芽
煮鮑 生雲丹

 

椀盛

春霞仕立て:焼き鰤 かぶら餅 軸菜 水辛子

 

向附

本鮪 金目鯛 かます 鯛 背子蟹 あしらい一式

 

陽皿

甘鯛黄味柚庵焼き 譲葉添えて 筍味噌漬け 九条葱オイル 煎り玉

 

暖物

冬野菜煮合わせ 蟹餡掛け 淀大根 大浦牛蒡 海老芋 白菜 針柚子

 

引肴

和牛サーロイン炭火焼き 根三つ葉山葵浸し 蕗味噌卸し

 

食事

土鍋炊き帆立御飯 香の物 赤出汁

 

食後

雪中あまおう 抹茶くりーむ

 

ご当地静岡をはじめ、各地の地酒も揃っていて合わせて4合飲んでしまった。


部屋に戻ると大好きな「テルマエロマエ供廚鬚笋辰討い拭

このラストシーンは何度見ても泣ける。

 

あ〜、極みだ。


熱海伊豆山温泉小旅(3)〜東急ハーベストクラブ熱海伊豆山 

さて、チェックイン。東急ハーベストクラブ熱海伊豆山だ。もちろん、我々は会員ではなく、知人から利用券を頂戴しての宿泊だ。

那須のように一般客も利用できる「ホテルハーベスト」を併設している所もあるが、ここ熱海伊豆山は会員もしくは会員の紹介のみ利用可能だ。

本当にいつもありがたい。

 

海らしく、青をアクセントにしたおしゃれな部屋。

 

部屋からは相模湾がこのとおり。目の前に初島も浮かんでいる。

基本的には海よりも山が好きなのだが、海というのはなんだか大らかな気持ちになる。うん、海もいい。まさに贅沢の極みである。

 

もちろん、チェックインしてすぐに風呂に行った。早チェックインは三文の得、なんと風呂には誰もいなかった。「スマホ・カメラ禁止」と張り紙があったが、ごめんなさい、誰もいないのでうっかり手が滑って撮ってしまった。あまりにも素晴らしい露天風呂なのだ。

これぞ贅沢の極み!

 

「極み」といえば、夕食は奮発してハーベスト30周年記念プランの「極」を注文してある。楽しみだ。


熱海伊豆山温泉小旅(2)〜走り湯〜

渋滞のおかげで「ああ、ここが石橋山古戦場付近か」などと海岸すれすれを走る国道135号線をそれなりに楽しみながら、チェックイン開始40分前にホテルに到着。さすがに早過ぎるので走り湯源泉を見学することにした。

 

走り湯源泉に行くには国道を海に向かって折れるのだが、まるで鵯越の逆落としのような急坂で、おまけに道幅も狭いために助手席のやなぎ妻がしきりに怖がった。国道を左折して細道に入ってすぐ、見えるのは車のボンネットだけで、道が視界から消えた瞬間は私も怖かった。

 

ちょっとしたスリルを味わって、走り湯の入口に到着。駐車場はなく、路駐するしかない。

電柱右側の道路は熱海ビーチライン。伊豆方面からの帰り道によく利用する有料道路で、「走り湯」の標識もよく見えるのだが、ビーチラインから走り湯には行けず、やはり逆落としコースしかないのだ。

 

ちなみに、下の写真は宿泊先の東急ハーベストクラブ熱海伊豆山から見た景色で、赤い橋の架かっている道路が熱海ビーチライン。右側の建物「中田屋」の裏手が走り湯だ。

うぅ? 上の写真を改めて見て気づいたが、熱海ビーチラインから入れますねえ・・・

入ってすぐがニューさがみやでその隣が中田屋。ホテルの駐車場のような雰囲気だが、地図で調べたところ例の「鵯越」の急坂につながっている。皆さんには是非こちらからのアクセスをお薦めします。

 

入口で走り湯の発見者、役行者小角(えんのぎょうしゃおづぬ)の像が出迎えてくれた。

奈良時代、伊豆に流刑となった役行者はここに草葺きの小屋を作り、湯滝に打たれ、日金山に登り、修行したという。

像の横には大海原を眺めながら入れる足湯がある。

 

そしてここが走り湯源泉。

伊豆山走り湯温泉組合・熱海市教育委員会による説明書きをそのまま紹介させていただく。

 この温泉は、奈良時代の養老年間に発見された、全国唯一の横穴式源泉である。往時は一日約7千石(一分間に約900リットル)の温泉が湯滝となり、奔流となって海岸に流れたといわれている。

 古くから霊湯とされ、火山や温泉湧出に対する自然信仰から生まれた伊豆山神社と深いかかわりをもち、「走り湯権現」とよばれていた。いずれも日金山を背景に山伏の修験の地として発展した。

 源頼朝は、治承四年(1180)八月の旗揚げ前から、伊豆山権現を信奉していた。平家滅亡後まもなく「二所詣(にしょもうで)」と言って、伊豆山権現、箱根権現を参詣した。のち三島明神も加えられて、政子や実朝もこれを行った。
 明治の初め、皇室の御料温泉となり、伊豆山温泉発祥の源泉として、観光開発に貢献した。しかし、昭和三十九年源泉の多掘の影響をうけて枯渇したが、昭和45年の増掘によって復活した。

 

現在は毎分170リットル、70℃の湯が湧いていて、奥行き5〜6mほどの洞窟はミストサウナのよう。

めがねをつけていては何も見えず、湧出口を撮影したがこんな状態。

一度は訪れたかったので、満足満足。

 

走り湯の真上に走り湯神社がある。

小さな社だが彫り物が見事だ。

椿と河津桜がきれいだった。


熱海伊豆山温泉小旅(1)〜渋滞中〜

遅ればせながら2月16日・17日、一泊二日熱海伊豆山温泉の旅自慢です。

 

土日の熱海・伊豆方面、渋滞を避けてゆっくり出発・・・

 

首都高〜東名高速はほとんど渋滞もなく、この調子ならチェックイン前に熱海梅園で花見も出来るかもと思ったら・・・

 

小田原・厚木道路、小田原西IC西湘バイパス合流地点で渋滞開始。

結局は予定どおり直チェックインか。



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