稀勢の里 引退

旅番組の途中ですが、残念なニュースが入ったので今日はその話題を。

 

横綱・稀勢の里が引退した。19年ぶりの日本人横綱だったが、結局在位12場所で終わってしまった。「往生際が悪い」とか「横綱の名を汚した」などという酷評も浴びたが、引退表明の記者会見は立派だった。

 

土俵人生で貫いてきた信念は?との問に「絶対に逃げない。その気持ちだけです」と答えていたが、まさにそれが稀勢の里なりの美学だったのだなと思った。

 

新鋭の貴乃花(先代)に尻餅をついて負けた大鵬、大受に敗れた北の富士、貴闘力に黒星を喫した千代の富士、いずれも体力の衰えを感じた場所の2敗目で引退を決意している。

 

横綱昇進後、稀勢の里は日馬富士戦で生命線の左腕を負傷しながらも大関・照ノ富士に本割、決定戦と勝って連続優勝した。2017年3月27日、ちょうど那須に温泉旅行に行っているときのことでよく覚えている。まさしく「絶対に逃げない」を実践し、日本中の大相撲ファンを歓喜させた瞬間だったが、今思うとあの無理が彼の土俵人生を縮めてしまったわけだ。

 

先場所、初日から4連敗、そして今場所の3連敗・・・。「絶対に逃げない」の気持ちを胸に、精一杯頑張ったのだろう。春風にはらはらと散る桜も花なら、春雨に濡れても枝にしがみつく梅もまた花。茨城出身の稀勢の里には梅が似合う。立派な散り様だった。

 

そうそう、昨日引退を決意させた相手の栃煌山も立派だった。「頼むから負けてやってくれよ」と思いながらテレビで見ていたが、厳しい攻めでもろ差しからの寄り切り。勝負が付いた瞬間に栃煌山が一瞬見せた寂しそうな顔が忘れられない。稀勢の里はいい相手に引導を渡してもらった。

 

お疲れ様、稀勢の里。


2019年初湯旅(1)〜根古屋城温泉・根古屋乃湯〜

正月休みが終わり、平常営業に戻るとやはり無性に温泉が恋しくなった。ここでしっかり暖機運転しておかないとあと354日は絶対にもたない・・・ということで成人式絡みの三連休初日、草津へ向かった。成人の日は小正月の1月15日でなくては・・・と長年染みついた概念をしばらくは払拭できずにいたが、正月明けのリハビリ、やはり三連休はうれしい。

 

草津に向かう途中で立ち寄ったのは根古屋城温泉・根古屋乃湯。関越道を渋川伊香保ICで下り、国道17号線に入って間もなく、中村三叉路を渋川市街地方面の県道35号線に左折、20分ほどで到着だ。

以前は通年営業だったが、しばらく前から冬期は土日祝日のみの営業になっている。

毎年ほぼこの時期に訪れていたのだが、昨年来ないでいたら冬場は露天風呂はお湯を張らなくなっていた。赤城山を眺めながら浸かる絶景風呂を楽しみにして来ただけに少々残念。源泉温度34℃の温泉を沸かして広い露天風呂にかけ流すとなるとコスト的に合わないのだろう。

加温かけ流しのナトリウム-塩化物温泉は新鮮で、いつまででも浸かっていたい糸引き納豆系。そして湯上がり後は汗がいつまでも引かない粘着系だ。この広い内湯を最初から最後まで独り占め・・・たまらんち会長!

 

そして、根古屋乃湯のもう一つの楽しみは奥さんが作る「支那そば」だ。

「シンプル イズ ベスト」という表現がぴったりのラーメン。化学調味料を使っていないスープが細麺に絡んで素晴らしい。サービスで出してくれた野沢菜漬けも美味しかった。

温泉施設を一から手作りしたというご主人が食堂の窓から顔を出して、駐車場から車を出す我々夫婦に「ありがとう、お気を付けて」と声をかけてくれた。

 

あぁ、いい湯、いい麺だった。

 

つづく。

 

 


2018年金沢忘年旅(14)〜エピローグ〜

17:07発 かがやき532号。出発と同時にお約束の缶ビールをシュポッと開け、金沢駅で買った駅弁を開き、手取川を空け、

返す刀で、車内販売の加賀鳶を空け・・・

あ〜、2018年の忘年旅も楽しかった!

 

ということで、「忘年旅」レポは年を越してしまいましたが、最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。


2018年金沢忘年旅(13)〜安江八幡宮〜

前回は月曜休館日で行けなかった21世紀美術館に行ったのだが・・・

平成30年12月24日月曜日は天皇誕生日の振替休日で翌火曜日が休館日・・・今回も空振りだった。

このプールでブログ映えする写真を撮りたかったのだけれど・・・

 

休館日でも、こうして指をくわえて館内を歩くことはできる。

 

気を取り直して、金沢駅から徒歩5〜6分ほどの所にある安江八幡宮にお参りに行った。

 

この神社で有名なのが「加賀八幡起上がり」。

上の写真は神社とクラフト広坂で買い求めた起上がり。

 

八幡大神誕生の折に真紅の産着を着けた姿を写し、これを八幡起き上がりと名付けたという。厄除け・病気平癒・健康祈願、起き上がると言われるため商売繁盛のお守りとなっている。

 

お気付きの方もおられると思うが、前回ご紹介した石川県のマスコットキャラクター「ひゃくまんさん」のモデルがこの八幡起上がりなのだ。

 

お参りして、起上がりと絵馬を頂いて、ほっこりした気持ちになった。


2018年金沢忘年旅(12)〜ひゃくまんさん〜

ひゃくまんさんをご存じだろうか。今のところ、くまもんに比べればはるかに知名度が低いが、北陸新幹線金沢駅開業を機に作られた石川県観光PRマスコットキャラクターだ。(下の写真は金沢駅構内のひゃくまんさん)

申し訳ないが、前回金沢を訪れてひゃくまんさんを見たときは「ありゃ〜、石川県、やっちまったなあ」と思った。

 

でも今回改めて見ると、なかなか可愛いではないか。ひがし茶屋街の福光屋の若い女性店員も「初めは私たち地元の人間もどん引きだったんですけど、なんだか最近、髭とか可愛いって評判なんですよ」と言っていた。

 

そんなこんなで「ひゃくまんさんの家」を訪問した。

ひゃくまんさんの家は主計町茶屋街のすぐ近く、ひがし茶屋街からも歩いて数分のところにある「八百萬本舗」の中にある。

八百萬本舗は町屋をリフォームした店舗に工芸品、食料品や雑貨を扱う5つのショップが入っていて、「ひゃくまんさんの家」もその中のひとつ。選りすぐりのひゃくまんさんグッズを販売する石川県お墨付きの店だ。

ひゃくまんさんグッズをいくつか購入し、甘酒ラテ(抹茶・ほうじ茶)を頼んで2回の座敷へ。

どうやらひゃくまんさんがおでましらしい。

 

お座敷には・・・

おぉ、おじゃった、おじゃった、ひゃくまんさん!

特に店員さんに監視されているわけでもなく、運良くお座敷にはひゃくまんさんと我々夫婦の三人だけ。こんなに間近でひゃくまんさんを観察・・・ではなく、拝見できるとは。

石川県の公式HPからそのまま抜粋すると「輪島塗のおひげ、金沢箔を全身に施し、加賀友禅柄の菊やぼたん、色彩には赤・黄・緑・紺青(こんじょう)・紫の九谷五彩を使用し、全国に誇る石川の伝統工芸の技術が取り入れられています。また、全身の素材には炭素繊維が使われており、伝統だけでなく、石川が誇る先端技術の結晶でもあります」だそうだ。まさに加賀百万石を背負って立って(座って)いるお方なのだ。

なんと「ひゃくまんさん小唄」などという歌まである。作曲はまさかの松任谷由実さん!
♪ア〜さてさて 加賀友禅身にまとい 自慢のおヒゲは漆塗り・・・・♪
興味のある方はこちらをどうぞ→ https://www.youtube.com/watch?v=2yuzRwolpEg

 

年甲斐もなく、写真を撮り始めたら止まらなくなった。

 

ささっ、一献どうぞ。

 

ひゃくまんさんの案内で市内観光。

主計町茶屋街をバックに浅野川大橋にて。

金沢城石川門と雪吊りをバックに。

こっちのアングルもいいな。

 

ア〜さてさて・・・♪


2018年金沢忘年旅(11)〜金沢蓄音器館〜

前日に行った主計町茶屋街の近くにある金沢蓄音器館を訪れた。

運良く11時からの蓄音器実演が始まったところで、ドボルザークの「ユーモレスク」、「フランクシナトラの「ホワイトクリスマス」などをイギリス製、アメリカ製、日本製ほか10台の年代ものの蓄音器を聞き比べることができた。

金沢蓄音器館は、金沢市内でレコード店を営んでいた八日市屋浩志氏が収集した蓄音器540台、SPレコード約2万枚の「山蓄コレクション」を市が譲り受けて、2001年に開館した。

中には180枚の金箔を貼ったという金沢らしい蓄音器や、古い電話帳で作ったという紙製のホーンが付いたものもある。

 

我々の年代だと蓄音器で思い浮かべるのが、蓄音器に耳を傾ける犬だろう。かつて日本ビクターの商標としても使われた。

犬の名はニッパー。1884年に生まれたニッパーは、3年後に飼い主のマーク・ヘンリーバロウドが病死した後、弟のフランシスに引き取られた。マークの声が録音されたレコードを蓄音器で流すと、ニッパーは懐かしそうに聞き入ったという。その様子を画家であるフランシスが描いたのがこの絵だ。

レコード販売店HMVの由来は”His Master’s Voice”・・・主人の声を聞くニッパーなのだ。蓄音器実演の解説でこのことを知ったときは思わず夫婦で「おぉ〜っ」と声を出してしまった。

犬好きのやなぎ妻はすっかりニッパーの虜になってしまった。

いや〜、わんダフル! ニッパな・・・否、立派な蓄音器館だった。


2018年金沢忘年旅(10)〜金城楼〜

さあ、いよいよ今回の金沢旅行のメイン・イベント、明治23年創業の料亭・金城楼でのディナー。


予約時間の5分前に到着すると、すでに若旦那と思しき方と番頭さんが玄関先に立っていて我々夫婦を出迎えてくれた。

開口一番「いらっしゃいませ・・・というより、お帰りなさいませ、でしょうか」と若旦那(と思しき方)。「もしかして、またバラでグランプリ受賞ですか?」

 

さすがは老舗料亭、二年前のさりげない会話までデータ化していたようだ。そのとおり、前回と同様、国際バラとガーデニングショウの大賞受賞で頂戴したペア・ディナーチケットを利用しての再訪だ。

通されたのは「鳳凰の間」という部屋。「前回とは違うお部屋にとも思ったのですが、こちらでよろしかったでしょうか」と仲居さん。もちろんよろしかったです。金城楼で一番良い部屋だそうで、ベンガラ壁はもとより、欄間から引き戸の取っ手、釘隠しに至るまで手の込んだ細工がなされている。

料理の方も、味はもちろんのこと、盛り付けや器も素晴らしい。

 

「お料理の方はしきたりがあるので難しいのですが、こちらの方は料理長が遊んでみました」と運んできてくれたのが、頼んだ冷酒のXマスバージョン。

我々も撮影会を楽しんだ。

美味しい料理がテンポ良く運ばれて、酒も進む進む。

加賀料理といえば治部煮だが、仲居さんの話だと今では一般家庭で食べることはほとんどないそうだ。

部屋でのこんな演出も楽しい。若手ながら副料理長に昇格したそうだ。

 

「のぶ姉さん、きれいだなあ。」「そんなこと言ってもなんにも出ないわよ。」「こういう席以外で言ったらぶっとばされますから。」「あたりまえよ。」・・・仲居さんとの掛け合いも面白かったです。

 

のぶさん、お世話になりました。

最後は玄関で記念撮影。素晴らしい和風クリスマス・ディナーになった。


2018年金沢忘年旅(9)〜白鳥路ホテル山楽〜

寄り道しながらホテルに到着。ひがし茶屋街からはまっすぐ来れば徒歩12〜13分の所にある。

白鳥路ホテル山楽は金沢城公園に隣接していて、兼六園までは5分、人気の21世紀美術館までも12分程という好立地。

訪れたのはクリスマスイヴで、ロビーにはクリスマスツリーが飾ってあった。

加賀手鞠のオーナメントがいかにも金沢らしい。

白鳥路ホテル山楽は前回2016年に金沢を訪れる際に、_浩浴場があること ⇒漆をとる金城楼に近いこと という二つの条件で探し当てたホテルだが、館内のクラシックな雰囲気と従業員の接客の気持ち良さ、それから朝食の美味しさが気に入り、今回も迷うことなくここに決めた。

 

部屋はデラックスツイン。

備え付けの九谷焼のティーカップも素晴らしいし、冷蔵庫に入っているペットボトル(もちろん無料)もおしゃれ。

エアウイーヴのベッドも寝心地抜群で、贅沢かつゆったりできる部屋だ。

 

ひがし茶屋街からの散策で体が冷えたことだし、このあと行く料亭でのビールを美味しくするために、ひと風呂浴びることにした。

地下807mから汲み上げる琥珀色の自家源泉がいい。泉質はナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉。ヌルスベした実にいい温泉だ。

ビールが楽しみだ。


2018年金沢忘年旅(8)〜大樋長左衛門窯〜

寄り道ばかりしてなかなかホテルにたどり着かないが、立派な構えの建物・・・素通りするのはもったいない。大樋長左衛門窯だ。

立派な松は樹齢500年の「折鶴の松」。大樋焼は1666年、加賀藩五代藩主・前田綱紀に招かれた裏千家四代・仙叟宗室(せんそうそうしつ)が同道させた楽家の高弟・長左衛門に茶盌などを制作させたことに始まるというから、この松は大樋焼を誕生から見守ってきたのだろう。

 

せっかくなので大樋美術館に入ってみた。

初代から十一代までの歴代長左衛門の作品が展示されている。それぞれに作風が異なり面白かった。

2014年に新築されたギャラリーでは十代、十一代の作品が展示販売されている。

思い切って、ぎりぎり何とか手が出るものを購入した。

酒が一層美味しく飲めそうだ。


2018年金沢忘年旅(7)〜主計町茶屋街〜

ひがし茶屋街でパンケーキとちょい呑みとショッピングを楽しんだ後、宿泊先のホテルに向かう途中で立ち寄ったのは主計町茶屋街。主計町は「かずえまち」と読む。加賀藩士の富田主計家重の屋敷があったことから名が付いたそうだ。「主計」は官名で、加藤主計頭清正のあの「主計」。子供の頃、時代劇で秀吉が「かずえのかみ、近う近う」と言っているのを聞いて、あの髭おやじが「和恵」?「一恵」?「一枝」?と無駄な疑念を抱いたものである。

主計町茶屋街は浅野川を挟んではす向かいにあるひがし茶屋街とは趣を異にする。良くも悪くも金沢を代表する観光スポットになっている賑やかなひがし茶屋街とは対照的に、この一角だけ時の流れがゆっくりしているようだ。川沿いにお茶屋、小料理屋、和風カフェが静かに佇んでいる。

路地を一本入ると時間は完全に止まっている。ベンガラ塗りの町屋がきれいだ。

主計町には坂道が二つあってそれぞれに名前がついている。ひとつは「暗がり坂」。日中も日が当たらない暗い坂なのでこの名がついたといい、暗闇坂とも呼ばれているそうだ。

坂を上ると久保市乙剣宮の裏手に出る。

境内にある金沢市指定保存樹の大けやきが坂を見下ろしている。

 

もうひとつは「あかり坂」。この坂の名は作家の五木寛之がつけたそうだ。坂の上り口に碑が建っていて由来が書いてあった。

「暗い夜のなかに明かりをともすような美しい作品を書いた鏡花を偲んで、あかり坂と名づけた。あかり坂はまた上がり坂の意(こころ)でもある。」

五木寛之氏の夫人は金沢出身で、氏も4年程住んでいた。鏡花はもちろん泉鏡花。鏡花は主計町の隣町、下新町の生まれだ。

 

さてあかり坂を上って主計町はそろそろあがりとしよう。



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