将門公ゆかりの地を訪ねて(15)〜延命院将門山(茨城県板東市神田山)〜

国王神社から直線距離にして南南東へ約4.5kmの所に「神田山」という地名がある。「かどやま」と読むそうだ。

 

神田山交差点の南にある延命院。

天慶3年2月14日、平将門討死。将門公の首は京に送られ晒し首にされたが、胴体は密かにこの延命院境内に埋葬されたと伝えられている。

 

この地は相馬御厨(みくりや)の神領なので暴かれることなく今日に至っているそうだ。

 

将門公の胴体が埋葬されたというこんもりした塚はいくつかの呼び名がある。

「将門公胴塚」。

「将門山古墳」。

延命院の山号にもなっている「将門山」。

そして「神田山」。

 

この項の冒頭に紹介した「神田山」という地名の元になっているのがおそらくはこの「将門山」であり「将門公胴塚」なのだ。

 

実は神田山は「からだやま」であり、将門公の体(からだ)を葬ったことに由来するという説がある。「神田」の字を当てて真実を秘すためにあえて「かんだ」と読ませ、「ん」が脱落して「かだ」、さらに訛って現在の「かどやま」になったのかもしれない。否、「かもしれない」ではなく、そうであってほしい。「地名は歴史のタイムカプセル」とも「地名は歴史の案内人」ともいわれるが、地図大好き、歴史大好き人間はいわくありげな地名を見ると想像力を掻き立てられるのだ。

 

「南無阿弥陀仏」の碑は東京都の将門塚保存会から寄贈されたもの、「大威徳将門明王」の称号は延命院住職から贈られたものだそうである。

神田山の上には「決して侵すこと勿れ」と言うかの如くカヤの巨木が根を張っている。

 

不動堂。

不動堂を横から見ると社殿造りのようになっていて、正面の建物は拝殿で、弊殿を経て本殿に当たる部分が将門山(御神体)になっている。案内板がないので(たぶんあえて説明しないのだろう)断言はできないが、不動堂は将門公をお祀りするお堂であり、千年の長きにわたって将門公を愛してきた地元の人々の祈りの場に違いない。

訪れた2019年4月7日は折しも桜が満開だった。


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