将門公ゆかりの地を訪ねて(14)〜國王神社(茨城県板東市岩井)〜

今日、2月14日は平将門公の命日である。

 

茨城県坂東市岩井にある国王神社。

天慶3年(940)2月14日、将門公はこの地で討死したという。

 

 

天慶2年11月、常陸国府を焼き討ち。12月、下野国府、上野国府を攻略し、新皇と称して板東に新たな国の建設を宣言した。驚愕した朝廷は将門討伐の命を下し、全国の寺社に将門調伏を祈祷させた。その代表格が成田山新勝寺で、新勝寺の「勝」は将門への勝利を意味する生々しい名称だ。以前記したように千葉県我孫子市日秀地区では成田山を参拝しないが、ここ坂東市岩井でも間違いなく成田山詣ではしないだろう。

 

天慶3年2月、平貞盛、藤原秀郷は農繁期(田起こし)を前に兵を帰郷させていた将門の隙を突いて挙兵。貞盛・秀郷軍4000に対して400という劣勢で奮戦する中、突如風向きが変わり向かい風に将門の馬が立ち往生した瞬間、流れ矢が将門の右こめかみを撃った。2月14日未申の刻(午後3時頃)のことだった。NHK大河ドラマ「風と雲と虹と」で加藤剛演じる将門の最期は45年経った今も鮮明に蘇る。

 

天禄3年(972)、将門公の三女・如蔵尼が、父の33回忌に木座像を刻んでこの地に将門の霊を祀った。それが国王神社の始まりとされる。「国王」はもちろん祭神である平将門公。国王神社というのは奈良県十津川村にもあるが、祀られているのは南北朝時代の南朝・長慶天皇である。長慶天皇は賊徒に襲われ自害したと伝えられ、非業の死を遂げた点で両「国王」は相通ずるところがある。

 

拝殿入口に木座像の写真がある。罰当たりのような気がしたが撮影させて頂いた。

御神体の木座像は境内にある宝物蔵に収められている。

 

如蔵尼については奥州(福島県か)に落ち延びたと伝わっているが、千葉県柏市岩井にも伝説が残っている(当ブログ「将門公ゆかりの地を訪ねて〜龍光院地蔵堂〜」参照。右のcategoriesから「平将門」をクリックしてください)。

 

国王神社はこれで三回目で、2019年4月7日に訪れた。写真も記事も今日2020年2月14日のために温めておいたものです。これから先にUPする満開の桜はそういうわけですので悪しからず。そしてしばらくは将門公シリーズとなります。興味のない方はごめんなさい。


コメント
せっとんさん、とんでもないです。
変換ミス、私も仕事でよくやらかします。
ミスしてるのはPCなのですが・・・笑。
  • やなぎ
  • 2020/02/15 8:31 PM
一度まで二度までも・・(涙)
おっしゃる通り、塩之波でなく入之波です。
お恥ずかしいかぎりです!!
  • せっとん
  • 2020/02/15 6:55 PM
入之波(ですね!すみません、指摘ばかりして)まで80km、十津川まで120kmですか。道路事情もあまりよくなさそうですから3時間はかかりますか? 奈良県内といっても一泊したくなりますね。
まあ、千葉県もうちから房総まで行くと一泊旅行ですから同じですね。

どちらも一度入ってみたい温泉ですので、行くと決まった折にはまたいろいろ教えて下さい。
  • やなぎ
  • 2020/02/15 6:09 PM
失礼しました。
王国神社でなく、国王神社でした。

我が家から十津川温泉までの距離は約120km。
かけ流し温泉を楽しむために2番目に近い温泉地です。
1番近い塩之波(しおのは)温泉・山鳩湯までが80km。
十津川村は、全国で一番最初に「かけ流し温泉宣言」をしましたが、奈良県ではかけ流し温泉は少なく、十津川温泉郷と塩之波温泉ぐらいです。

十津川温泉へは国道168号線を走ります。
このルートは有料道路はなく、完全な下道走行です。
今でこそ、道路事情も少し良くなりましたが、数年前までは、乗用車でも離合困難な所が10か所ほどありました。 

余談になりますが、 
奈良県橿原市八木から和歌山県新宮を走る奈良交通の路線バスは国道168号を走り、十津川村を通りますが走行距離167kmは路線バス走行距離は日本一です。
  • せっとん
  • 2020/02/15 10:58 AM
せっとんさん、早速お読み下さり、ありがとうございます。

そうですか。十津川の国王神社(「王国」ではなくて「国王」ですね!)はせっとんさんの庭のような所なのですね。
湯めぐりを兼ねて是非とも訪れてみたいです。それも運転に不安がないうちに・・・。十津川は道が狭いそうですね。
  • やなぎ
  • 2020/02/15 9:57 AM
王国神社
十津川温泉で湯めぐり、子供たちが小学生のころ十津川でキャンプと王国神社の前は数十回、否、百回近く通っていました。
国道168号線、狭い道のカーブに「王国神社」の小さな案内板があり、王国神社との珍しい名前に15年ほど前に一度だけ訪れたことがあります。

天禄3年(972)、将門公の三女・如蔵尼が、父の33回忌に木座像を刻んでこの地に将門の霊を祀った。それが国王神社の始まりとされる。「国王」はもちろん祭神である平将門公。国王神社というのは奈良県十津川村にもあるが、祀られているのは南北朝時代の南朝・長慶天皇である。長慶天皇は賊徒に襲われ自害したと伝えられ、非業の死を遂げた点で両「国王」は相通ずるところがある。 

やなぎさんのこの記事で初めて知りました。王国神社の謂れを。勉強になりました。
  • せっとん
  • 2020/02/14 10:03 PM
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