将門公ゆかりの地を訪ねて(12)〜福満寺(千葉県柏市大井)〜

天台宗教永山福満寺は、桓武天皇の時代(781〜806)の創建といわれる古刹である。

将門公の愛妾、車の前が将門公の敗死後ここに逃れて堂を建て、菩提を弔ったという伝説が残っている。福満寺の南に「車の前五輪塔」という大きな供養塔があるらしいが、残念ながら見つけられなかった。

 

本堂の横に将門大明神が祀られている。

「大井の都」というのは「王城を下総国の亭南に建つべし。兼て檥橋(ウキハシ)を以て号して京の山崎と為、相馬の郡大井の津を以て京の大津と為(セ)む」という「将門記」の記述に基づくものだろう。

 

先に述べたように「王城の地」としては残念ながら疑問符が付くが、「京の大津」に擬えられたのはここ手賀沼湖畔の大井と考えてよいだろう。

 

山門を兼ねたこの立派な鐘楼は、「近江八景」に倣って選定された「手賀八景」のうち、「三井の晩鐘」の写し「大井の晩鐘」と呼ばれる。

手賀八景の選定は江戸時代以降のことだが、この地を琵琶湖畔に見立てたのは将門公なのだ。

 

寺の入口の看板に書かれている「大井の七人影武者伝説の地」というのは、将門公が操ったという7人の影武者にまつわるもの。その影武者ゆかりの地がここ大井で、坂巻、石原、石戸、吉野、富瀬、久寺家、座間の七家がそれという。真偽はともあれ興味深い伝説だ。


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