将門公ゆかりの地を訪ねて(2)〜日秀観音から将門神社へ(千葉県我孫子市日秀)〜

観音寺から市道を手賀沼方面へ向かう。

JR成田線の日秀踏切をわたると丁字路がある。

右の折れると「日秀西遺跡」がある。旧石器時代から、縄文、弥生、古墳、奈良、平安時代にかけての複合遺跡で、律令時代には相馬郡の郡衙(役所)があったと考えられている。

県立高校建設にあたり発掘調査が行われ、現在は県立湖北特別支援学校の敷地内に覆土保存されている。常陸国府(現茨城県石岡市)を終点とする古代東海道の於賦(おふ)駅もこの近辺にあったと推定されていて、下総国と常陸国の境に位置するこのあたりは交通・政治の要衝だったのではないだろうか。

 

丁字路に戻り10数メートルも進むと、うっかりすると通り過ぎてしまうような十字路がある。右手は狭い舗装道路、左手は未舗装の農道になっている。

ここが地元では「かまくら道」と言われている道路だ。

以前、この先の我孫子市布佐に「頼朝お手植えの松」という松があった。私が学生の頃はその何代目かの松があったが今はそれも枯れてしまったようである。

律令制の崩壊とともに古代東海道はその役割を終え、今となってはそのルートも定かではないが、もしかするとこのかまくら道は古代東海道の一部だったのかもしれない。

かつて平将門が馬を走らせ、その200年後に源頼朝が通ったかもしれない道を、さらに900年後の今こうして歩いていると思うと歴史ロマンを感じずにはいられない。


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