熱海伊豆山温泉小旅(2)〜走り湯〜

渋滞のおかげで「ああ、ここが石橋山古戦場付近か」などと海岸すれすれを走る国道135号線をそれなりに楽しみながら、チェックイン開始40分前にホテルに到着。さすがに早過ぎるので走り湯源泉を見学することにした。

 

走り湯源泉に行くには国道を海に向かって折れるのだが、まるで鵯越の逆落としのような急坂で、おまけに道幅も狭いために助手席のやなぎ妻がしきりに怖がった。国道を左折して細道に入ってすぐ、見えるのは車のボンネットだけで、道が視界から消えた瞬間は私も怖かった。

 

ちょっとしたスリルを味わって、走り湯の入口に到着。駐車場はなく、路駐するしかない。

電柱右側の道路は熱海ビーチライン。伊豆方面からの帰り道によく利用する有料道路で、「走り湯」の標識もよく見えるのだが、ビーチラインから走り湯には行けず、やはり逆落としコースしかないのだ。

 

ちなみに、下の写真は宿泊先の東急ハーベストクラブ熱海伊豆山から見た景色で、赤い橋の架かっている道路が熱海ビーチライン。右側の建物「中田屋」の裏手が走り湯だ。

うぅ? 上の写真を改めて見て気づいたが、熱海ビーチラインから入れますねえ・・・

入ってすぐがニューさがみやでその隣が中田屋。ホテルの駐車場のような雰囲気だが、地図で調べたところ例の「鵯越」の急坂につながっている。皆さんには是非こちらからのアクセスをお薦めします。

 

入口で走り湯の発見者、役行者小角(えんのぎょうしゃおづぬ)の像が出迎えてくれた。

奈良時代、伊豆に流刑となった役行者はここに草葺きの小屋を作り、湯滝に打たれ、日金山に登り、修行したという。

像の横には大海原を眺めながら入れる足湯がある。

 

そしてここが走り湯源泉。

伊豆山走り湯温泉組合・熱海市教育委員会による説明書きをそのまま紹介させていただく。

 この温泉は、奈良時代の養老年間に発見された、全国唯一の横穴式源泉である。往時は一日約7千石(一分間に約900リットル)の温泉が湯滝となり、奔流となって海岸に流れたといわれている。

 古くから霊湯とされ、火山や温泉湧出に対する自然信仰から生まれた伊豆山神社と深いかかわりをもち、「走り湯権現」とよばれていた。いずれも日金山を背景に山伏の修験の地として発展した。

 源頼朝は、治承四年(1180)八月の旗揚げ前から、伊豆山権現を信奉していた。平家滅亡後まもなく「二所詣(にしょもうで)」と言って、伊豆山権現、箱根権現を参詣した。のち三島明神も加えられて、政子や実朝もこれを行った。
 明治の初め、皇室の御料温泉となり、伊豆山温泉発祥の源泉として、観光開発に貢献した。しかし、昭和三十九年源泉の多掘の影響をうけて枯渇したが、昭和45年の増掘によって復活した。

 

現在は毎分170リットル、70℃の湯が湧いていて、奥行き5〜6mほどの洞窟はミストサウナのよう。

めがねをつけていては何も見えず、湧出口を撮影したがこんな状態。

一度は訪れたかったので、満足満足。

 

走り湯の真上に走り湯神社がある。

小さな社だが彫り物が見事だ。

椿と河津桜がきれいだった。


コメント
コメントする








   

calendar

S M T W T F S
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< May 2019 >>

selected entries

categories

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM