小春日和

三連休は小春日和というよりもインディアンサマーという方がピッタリで、散歩していてももっと薄着してくればよかったと思うような気温だった。

 

数年前に「古代東海道」を辿った道を久しぶりに歩いてみた。

 

古代日本の律令制下、と各国府を結ぶ7つの官道が造られ、東海道は常陸国府(現茨城県石岡市)を終点とする道だった。ルートは不明の部分が多いが、うちの近所には下総国府(現千葉県市川市国府台)と常陸国府の間の道の一部ではないかといわれている所がある。

 

住宅地の中の何の変哲もない道。二又に分かれた左が古代東海道。

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古代東海道がその役割を終えて廃道になってからも長く主要道路だったようで、真ん中に道祖神が祀られている。

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残念ながら建てられた年代は風化して読み取れないが、「右 なりた 木下」と刻まれている。「なりた」は成田、「木下」は印西市木下だろう。木下河岸は江戸時代には利根川水運の要衝として栄えた。

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このあたりは「狐峠」という曰くありげな字名で、この二又を境に左右どちらに行っても下り坂になる。


イチョウめぐり

昨日はいい天気だったが風が強かった。せっかく良い調子(いいちょうし)で黄葉したイチョウの葉がどんどん吹き飛ばされていく。

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公園のイチョウ

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街路樹のイチョウ

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お寺のイチョウ。この寺の鐘は毎朝6時を告げてくれる。

 

イチョウの葉には緑と黄の色素があるが、寒さで緑の色素が抜けて黄色くなるそうだ。モミジが赤くなるのは緑の色素が抜けるところまでは同じで、さらに日光に当たって赤い色素が形成される(糖分が作られるためという説もある)からだと、先ほど「おはよう日本」の土日休日担当の気象予報士・南さんが説明していた。南さんは私が師と仰ぐダジャレの名手で、冒頭の「イチョウが良い調子で黄葉している」も南さん作。ちなみに今朝の南さんのダジャレは「落ち葉を踏みしめるとサクサクして気持ちが楽よう(落葉)。でも掃除は大変よう」だった。

 

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別のお寺のイチョウ。この大イチョウは市指定文化財(天然記念物)になっている。

 

イチョウめぐりをして散歩をしていたら、なんと10540歩も歩いていた。何だか胃腸も良い調子で、昨夜の晩酌は特に美味かった。

 

いちょう(以上)、イチョウめぐりの報告でした。

 

 

 


立冬

昨日(この記事を上げる時は一昨日)は立冬だったが、今日は気温が上がって風もなく、絶好の散歩日和だった。

 

エノコログサが紅葉してきれい。

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周りの雑草は刈り取られていたが、エノコログサだけ残されている。作業をした人も刈り取ってしまうに忍びなかったのだろう。

 

例の狂い咲きの桜の木は

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期待どおり数輪咲いていた。

 

だが、この季節はやはりこの花が似合う。

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実は1週間ぶりの散歩。家のリフォームで業者さんが入っているので外出もままならないのだが、1週間で外の色がずいぶん変わっている。

 

カラスウリ

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どんぐりが落ちている。この秋はどんぐりが少なくて熊が里に下りてくるという。

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どんぐりとかモミジの葉とか、落ちていると無性に拾いたくなるから不思議だ。

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というわけで、つい拾ってきてしまった。別にどうするわけでもないのだけれど・・・


マルバルコウソウ

道端に直径1センチちょっとのオレンジ色の花が咲いていた。葉はハート型をしたつる性植物だ。

家に帰って調べてみると、「マルバルコウ」もしくは「マルバルコウソウ」というヒルガオ科の植物らしい。漢字で書くと「丸葉縷紅」。「縷」とは糸とか細かいという意味だそうだ。

和っぽくないと思ったら、やはり北米原産で江戸時代に観賞用に持ち込まれた帰化植物だとか。10年程前までは関東地方以西に分布していたが、温暖化の影響か北上を続けているらしい。

 

先日Eテレの「ヘウレーカ」という番組で日本在来のイヌノフグリが外来種のオオイヌノフグリによって絶滅の危機に瀕しているということを知った。ニホンザリガニとアメリカザリガニの関係と同じで日本固有種は常に劣勢に立たされるなあと思いながら見ていたら、かつてフィラデルフィア万博でアメリカに持ち込まれた葛がその後全米で爆発的に増えて「ジャパニーズ・グリーンモンスター」と呼ばれているそうで、思わず「よっしゃ!」と溜飲を下げるブラックな自分がいた。


コキア

散歩をしていたら畑の一角でコキアが紅葉していた。

和名は箒木(ほうきぎ)または箒草(ほうきぐさ)といって、刈り取って陰干しして箒を作る。

 

コキアというと茨城の国営ひたち海浜公園が有名だが、こうして5〜6株植わっているだけでもきれいだ。初夏から秋の初めにかけてはさわやかな黄緑色で秋が深まってくると赤く色づいてくる。来年はうちの庭にも何本か植えてみようかな。結構大きな株になるので手に負えなくなって放棄草にならないように頑張らねば。


ひつじだ

今日は朝から雨ですが、2日前はこんな清々しい空でした。

 

おっ、ひつじだ。

いやいや、君じゃない。

 

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ひつじ田。

 

稲刈り後の切り株から再び芽が出てきた二番穂が「ひつじ(ひつぢ)」。それが一面に生えているのを「ひつじ(ひつぢ)田」といって秋の季語にもなっている。「ひつじ」は漢字で「穭」とか「稲孫」と書くらしい。

 

 ひつぢ田の案山子もあちらこちらむき (蕪村)

 

よく見ると早くも稲穂が顔を覗かせているが、暖かい地方でないとお米は実らないようだ。

 

それにしても何故「ひつじ」というのだろう。語源を知りたい。

 

ネットであれこれ調べてみると、羊の毛のように刈った後からまた出てくるからという説があった。

一瞬、なるほど!と思ったが、

なんと古今和歌集の中にも「ひつち」という言葉が出てくるらしい。

 

 刈れる田に おふるひつちの穂にいでぬは 世をいまさらに あきはてぬとか (詠み人知らず)

 (刈り取った田に生えてきたひつぢが穂になって出ないのは、秋も終わりだし、世の中今さら飽き果てたということかなあ)

 

日本で羊の飼育に成功したのは明治時代になってのことだから、たぶん羊説はないかな。

残念・・

 

ひつぢは「干地(ひっち)」から来ているという説も見つけた。春は水田で稲を育てるが、刈り取られた後の二番穂は干上がった地面から生えてくるからだという。なるほど・・・

 

だが、結局のところ、語源はよくわからないらしい。

そこで一句・・

 

 ひつじ田の語源にはまりストレイシープ

 

・・お粗末でした。


秋の空

 

昨日一昨日は久しぶりに青空を見た。

 

あまりにきれいなのでカメラのレンズを向けたが焦点が合わない。なるほどそりゃそうだ・・・

 

ということで一旦雲に焦点を合わせ、

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シャッターボタンを半押しにしてから撮影した。

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スマホだと半押しの技は使えないし、どうなのだろう。今、この記事を書いていて湧いてきた疑問だ。今度試してみよう。

 

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天高く馬肥ゆる秋・・・ずっとこんな青空が続いてくれればいいのに、晴天は2日だけで今日は夕方からまた雨。秋の天気はころころ変わる。

 

「女心と秋の空」とか言うが、もともと(江戸時代)は「男心と秋の空」で、「女心」になったのは大正デモクラシー以降だそうな。さてどちらが的を射ているかなどという議論は嵐を呼ぶのでよした方がいい。


9502歩

今日は朝から冷たい雨が降っているが、昨日は陽が差したり陰ったり、暑くもなく寒くもなく、絶好の散歩日和だった。

 

コスモスが見頃を迎えている。

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英語の"cosmos"には「宇宙」とか「秩序」という意味もあるが、この花を"cosmos"と名づけた人は、花びらが整然と並ぶ花形に秩序を感じたのだろか。それとも溢れるばかりに咲く様を大宇宙になぞらえたのだろうか。日本には明治時代に入ってきた花だそうだが、「秋桜」という漢字を当てた人のセンスの良さに感動する。

 

桜といえば、9月の終わりに狂い咲きしている桜の花を見つけて、ちゃんとしたカメラを持って来なかったことを悔やんだが、今回は一眼レフでしっかり撮影してきた。

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道路沿いに何本か植わっているのだが、どういうわけかこの一本だけが咲いている。

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最初に季節を勘違いした一輪を見て、周りの蕾たちが「こいつぁ気持ちよさそうだ」とばかりに「咲いちゃえ、咲いちゃえ」と歯止めが利かなくなったのだろうか。これがほんとの「秋桜」。

 

秋の柔らかな木洩れ日が創ったおしゃれなアート。

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歌でも口ずさみたくなる小径だ。

 

皆さんは秋というとどんな歌を思い浮かべるだろうか。

 

『もみじ』? 『秋桜』? ちなみに私は9月なら松田聖子の『風立ちぬ』、10〜11月だと岩崎宏美の『思秋期』かな。同席者は迷惑だろうがカラオケでよく歌わせてもらっている。最後にカラオケに行ったのは1月で、9ヶ月行っていない。もう声が出ないかもしれない。

 

♪足音もなく行き過ぎた 季節をひとり見送って はらはら涙あふれる 私・・・

 

あまりにも気持ち良くて、最近では最高の9502歩。あと498歩頑張ればよかったかな・・・でももう無理・・・私60♪


犬のフン

新たな散歩コースを開拓していたら、電柱に面白い掲示を見つけた。

「犬のフンをさせないでください」・・・「犬の」ではなくて「犬に」ではないのか。でも自治会役員のお歴々が小学生でもしないような格助詞の間違えをするはずがない。そうか、わざと間接目的語を省略しているのか。だとしたらあえて省略されている「〜に」の部分にはどんな言葉が隠されているのだろう。

 

 犬に犬のフンをさせないでください・・・これはくどい。

 

 猫に犬のフンをさせないでください・・・そんなわけはない。

 

 お連れの方に犬のフンをさせないでください・・・頼まれたって連れに犬のフンはできない。

 

 隣でリードを持って犬を散歩させている親愛なるあなたのお連れの方に犬のフンをさせないでください・・・形容詞をいくら付けたところで連れは犬のフンをしない。

 

結局、間接目的語が欠落しているのではなく、やっぱり助詞の使い方が間違っているのだという結論に至った。

 

 犬フンをさせないでください。

 

でも、犬を飼ったことのある方はおわかりだと思うが、犬はひと度ウンチングスタイルに入ると「だめっ!」と言っても決行してしまう。無理にリードを引っ張ると、引きずられながら哀れな体勢でミッションを遂行する。この掲示を書いた自治会の役員も、そのあたりに若干の躊躇を感じて「犬のフンをさせないでください」という朦朧とした言い回しになったのかもしれない。

 

今は飼い主のマナーが途轍もなく良くなって、散歩の際はビニール袋を持ち歩き、ちゃんと始末するようになったので、道端に犬のフンを見かけなくなった。昔は道を歩けば犬のフンに当たるで、よく踏んづけて泣きたくなったものだ。

 

・・・などと考えながら歩くうちにばかばかしい散歩は終了し、家に入って入念に手洗いとうがいをした。頭の中も洗いたいくらいだった。


散歩、気持ちいい

暑くもなく、寒くもなく、絶好の散歩日和。

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彼岸花、これだけ群生していると見事だ。

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四方を彼岸花で囲んでいる貸し菜園があった。モグラ避けなのだろう。

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道端にクワガタムシの雌がいた。これは大きさと色から見てノコギリクワガタだ。子供の頃、クワガタの雌を「おかめ」と呼んでいたが、地方によって違うらしい。ついでながらカブトムシの雌は「ばばー」。せっかく早起きして獲りに行ったのに「くそ〜、ばばーとおかめばっかりだ」なんて嘆いたこともあった。

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秋桜が咲き始めていた。

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そしてなんと桜も・・・狂い咲きだ。ちゃんとしたカメラを持ってくればよかった。じじーのらくらくスマホではこれが限界。。。

おっ、ヤマハギが咲いている。

 

 

1時間半、9392歩・・・いつもよりちょっと長めの散歩だった。



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