そば処 六合 野のや

草津温泉の隣、中之条町六合地区のそば処「野のや」を訪れた。ここのそばは美味い。

 

 

前回来たときはすでに閉店。営業時間は11時から15時だが、そばが売り切れ次第閉店してしまう。

 

今回は車を駐車した時、ちょうど正午のチャイムが山里に鳴り響いた。店内の客は夫婦一組だけ・・・やった!

 

やなぎ夫は「まい天もり」950円。自慢のまいたけの天ぷらが2つ付いている。

 

やなぎ妻は季節限定の「ぶっかけ夏そば」1200円。六合の新鮮野菜山盛りのぶっかけそばだ。

 

市場には出回らない「六合まいたけ」を味わってほしくて始めたというそば屋だが、どうしてどうしてそばが実に美味いのだ。以前拙HPで「今まで食べた中で五指に入る美味さ」と書いた記憶があるが、その評価に変わりはない。

 

そばをすすっているうちにあっと言う間に満席になった。ほとんどが我々と同じ年齢と思しき夫婦連れ。そばの出を待ちながらビールを飲み始めたオヤジがいる・・・うらやましい。運転は奥さん?

 

店内の小さなラジカセから懐かしい歌が流れてきた。

 

♪アースが生んだ正義のマグマ〜〜〜 地球の平和を守るため〜〜〜♪

 

「おっ、マグマ大使だ。♪ジェット気流だ新兵器〜SOS・・・」と先客夫婦のダンナが歌い出した。

 

遅いなあ、俺はイントロで分かった、と自慢したが、5才下でしかも女性には世界が違ったようだ。

その話はそれで終わりになった。先客夫婦も同様だった。

 

 

こちらもご覧ください→ そば処 野のや

 


草津温泉

草津温泉は相変わらず賑わっていた。最近の草津は若者客が多い。彼らが草津を気に入って家庭を持ってからも、年を取ってからも訪れてくれれば草津温泉は安泰だ。

 

大滝乃湯でひと風呂浴びたあとは行きつけの中華料理店「龍燕」で夕飯。

 

ぐわ〜っ〜〜〜たまらんち会長

モンゴウイカの青じそ炒め

マボー春雨

春巻き

 

あ〜、草津はいいなあ・・・

 

 


夢ハーベスト農場

2016年夏の旅行2日目は小諸市の夢ハーベスト農場に行きました。今年は春バラが満開の6月以来2度目の訪問です。

 

まずは腹ごしらえ。ガレットを頂きました。ガレットはそば粉を使ったクレープのようなものですが、夢ハーベストさんのガレットは新鮮野菜てんこ盛り! Healhty and good tasteです。

 

 

デザートのレモングラスゼリーも美味しかったです。

 

 

農場内は夏バラがきれいに咲いていました。

 

バラ園の傍らにこんな花が咲いていました。何だかわかりますか?

 

チーゼル(マツムシソウ科)です。右上の花が咲き終わった状態馴染みがありますが、花は初めて見ました。

 

ちなみにチーゼルのドライフラワーを使って作るとこんな人形ができます(やなぎ妻作。だいぶ前に作ったものなので少々色あせていますがご容赦を)。

 

ブルーベリー狩りも楽しませていただき、のどかな午後でした。

 

このあと草津へ向かいます。

 

 


宮城県到着

新・平成の伊能忠敬、本日宮城県に到着した。ここまで306日、累計147万歩。伊能忠敬が聞いたら呆れ返る鈍足ではあるが、めでたい!

 

 

朝散歩に切り替えた一カ月前は午前5時というとすでに明るかったが、今日は古代東海道の薄暗い林からミ〜ンミ〜ンに交じってカナカナカナカナの鳴き声が聞こえてきた。季節の移り変わりもまた楽しい散歩である。

 

明日も歩くぞっ。

 

 


田沢温泉 有乳湯

沓掛温泉満山荘をチェックアウトしたあと、同じ青木村の田沢温泉を訪れた。

 

湯舟独り占めを期待していたが、共同浴場「有乳湯(うちゆ)」の駐車場は地元ナンバーの軽トラや他県ナンバーのマイカーでにぎわっていた。

 

 

私の愛読書『温泉旅日記』で著者の池内紀さんが「遠からずわが「終の栖(ついのすみか)」となるはずのところである」と書いている田沢温泉。浸かっていると体中に泡が付着するぬる湯は何度でも入りに来たくなる。

 

 

湯屋の唐破風の傍らにツバメが巣を作っていた。ピーピー、ピーピー、子ツバメが4羽。暑い中、せっせとエサを運ぶ親はたいへんだ。温泉でゆっくりさせてあげたいものだ。


沓掛温泉満山荘

気になっていた宿、沓掛温泉満山荘を訪れました。

 

 

我々夫婦お気に入りの宿だった奥山田温泉満山荘は温泉設備老朽化のために2016年1月3日をもって閉館し、折しも後継者がいないため閉館を予定していたおもとや旅館の後を引き継ぐ形で沓掛温泉満山荘として新たなスタートを切りました。そろそろ落ち着いた頃かなと思い、宿泊した次第です。

 

 

二代目ご主人が「持てる物は全部持ってきました」というとおり、館内には見覚えのある家具や調度品がたくさんあってほっとした気持ちになります。

 

 

部屋は全部で13室。トイレ付きが6室、トイレなしが7室あります。予め布団が敷いてあってチェックインの案内時以外、宿の人は立ち入らないというスタイルは奥山田時代と同じ。いつでも好きな時にごろりとできるのでうれしい心配りです。

 

詳しくは当本体サイト「ばらと温泉と日本酒ラベル」の方でレポートしますが、資金の関係でこのトイレ付きの部屋はリフォームされていません。せっかくのトイレ(一応ウオシュレット)が一番がっかりな部分になっています。リフォームされたトイレなしの部屋の方がよかったかなと後悔しました。共同トイレもリフォームされていてとてもきれい。ちなみに宿泊料金はいずれも16,200円(税込)です。

 

家族で話し合って決めたというリフォームの優先上位は、実はこちらにありました。

 

 

おもとや時代は内湯だった風呂を湯舟はそのままに、庭園側の壁を取り去って半露天風呂にしました。奥山田で新しく作った浴場と同じ手法で、壁や手すり、天井を黒塗り板でまとめて上品に仕上げています。

 

 

泉温38.5℃、アルカリ性単純硫黄温泉の源泉かけ流し。硫黄香漂うぬる湯と美しい湯舟・・・いつまでも入っていたい温泉です。欲を言えば、もうひとつの浴場にもこんな露天風呂があったらいいのですが、湯量との関係でおもとや時代から守られている適正な湯舟の数なのでしょう。

 

新・満山荘がリフォームでもうひとつ拘ったのが食事処でしょう。

 

 

二代目女将が作る地の素材を使った創作料理は健在でした。その料理を一層美味しく食べるには食事処の雰囲気は欠かせません。奥山田の食事処をそっくりそのまま平行移動したような安心感があり、満山荘ファンとしてはうれしい限りです。美しい湯舟で上等の湯を味わい、いい雰囲気の食事処で美味しい料理を楽しむ・・・これぞ満山荘の過ごし方。

 

 

満山荘ファンといえば、やなぎ妻が浴場で話をした横浜から来た方も奥山田からのご常連だとか。奥山田満山荘のリピーターは皆さん、沓掛満山荘が気になっているようです。

 

限られた資金でのリフォームで、不満な部分もありますが、一番不満に思っているのは二代目ご夫婦でしょう。経営が軌道に乗ったら徐々に改造が進んでいくに違いありません。人気旅館の新天地での再スタート、応援したいと思います。

 

詳しいレポートはこちらをご覧ください→ 沓掛温泉満山荘

 

 

 


2016年夏の旅行

今年の夏もバラをほったらかして行ってきました、温泉小旅行。近年定番化してきた温泉宿一泊、草津の隠れ家二泊のパターンです。追々UP予定ですが、本日はクイズっぽいダイジェスト版を。

 

渋滞を避けて遅めに出発。ここで昼食。いつものパターンです。

 

今回の温泉宿はここ。県内の別の所で営業していた我々夫婦のお気に入りの宿が、この地の宿の後を引き継ぎリフォームして再出発しました。

 

翌日はここで立ち寄り湯。

 

それからお気に入りのここで夏バラを見て昼食。

 

それから草津へ。

いつもの中華料理店で夕食。

 

三日目は旧六合村へ。

やっぱりここの蕎麦は美味い。

 

今回はここに行ってきました。

いや〜、素晴らしかったです。

 

最終日はここ。

 

かれこれ二十年来のお付き合いをしているこちらでおしゃべり。

 

仕上げにここでひと風呂浴びて夕食を食べて帰宅。

 

いい旅でした。


古代東海道を行く(つもり)散歩(5)

 

 東海道は廣幡八幡宮の脇を通ったあと、台地を下って大津川沿いの低地帯に出る。古代東海道が設置された当時は手賀沼の入り江だったという。

 

 

藤心方面から続く田んぼ沿いの道路があるが、もう一本、それと並行して走るまっすぐな細道がある。

 

 

道と道の間の細長い部分は堤のようにも見え、もしかすると東海道設置の際に築かれた堤の痕跡かもしれないなどと想像すると妙にうきうきする。

 

 

 道は舌状台地の端をかすめて北上する(地図G地点)。舌状台地の上には中世の城郭跡、増尾城址がある。城主は不明だが土塁や空堀などがかなり良い状態で残っている。

 

 

台地の端からは増尾湧水が湧き出ている。ニッカウヰスキー東京工場が柏市増尾に移転したのもこの地帯に良質な水が湧くからだという話もある。東海道を行く伝令たちもこの湧水でのどを潤したかもしれない。

 

 

 東海道は名戸ヶ谷の低地(地図H地点)を通過して再び台地を上る。坂を上り切ったところで県道柏印西線と交差するが(柏市関場町)ここから先は見事なまでの直線道路が続く(地図I地点)。地図で見ても柏の市街地にあって異色の存在だ。

 

 

 今回の「古代東海道を行く(つもり)散歩」はここでひと区切り。この先東海道は桜台から手賀沼に下り、我孫子市根戸を経由して馬の背のような我孫子台地を東に進み(国道356号線)、於賦(おふ)駅と推定される我孫子市新木に至る。茜津駅と於賦駅間の距離は約16km。駅の設置基準ドンピシャである。於賦駅の次は榛谷(はんだ)駅(茨城県龍ヶ崎市半田町)である。

 


古代東海道を行く(つもり)散歩(4)

 古代東海道を推定するときに決め手のひとつとなるのが先に述べた直線性で、その際参考になるのが明治時代に作られた迅速測図という地図だ。迅速測図を見ると石塔に「西 すはみち」と示されている西(おそらく北西)に向かう道路が描かれていない。「迅速」というくらいだから急いで作ったために描き落としてのかもしれないが取るに足らない細道だったのかもしれない。では成田山月参講中の石塔がいつ建てられたのかという疑問も残ってしまうが、道の交わり方からしても狐峠から廣幡八幡宮に通じる道はニッカ通りに優先する道路だったのはほぼ間違いないだろう。

 

上の写真右手がニッカウヰスキー柏工場の敷地

ニッカウヰスキー柏工場

 

廣幡八幡宮までのこの道は直線性といい、風情といい、こここそが古代東海道に違いない、あるいはそうであってほしいと思う道路である。

 

 

脇道と交わる辻々に道六神や山王権現、征清軍馬記念碑などの石塔が祀られていて、昔から大切な道だったことが窺える。

 

 

 直線道路の正面に荘厳な構えで鎮座するのが廣幡八幡宮(地図F地点)。御祭神は、誉田別命(15代応神天皇)・気長足姫命(神功皇后)・玉依姫命で、合祀による御祭神は、仲哀天皇・武内宿称の二柱。社伝によれば、第59代宇多天皇の御代「下総国第一鎮守宇多天皇勅願所」として創建されたと伝えられ、建久年間四年(1193年)後鳥羽天皇の御代に、柏市近郊一帯の総鎮守(守護神)として再び社殿が創建されたとある。宇多天皇の在位は887年から897年だから東海道がこのルートに付け替えられた頃と重なるかもしれない。

 


古代東海道を行く(つもり)散歩(3)

 

 住宅地の中を進むと道は二又に分かれ、真ん中に道祖神がたたずんでいる(地図B地点)。

 

 

今の主線は右に進むが、東海道は左の方だ。このあたりの字名は狐峠といい、この二又を境に左右どちらに進んでも下り坂になる。

 

 

 左の道を行くと程なく低地に出て視界が開ける。

 

 

このあたりが井上駅の次、茜津駅と推定される場所だ(地図C地点)。井上駅からの距離は約14.5kmで駅間30里とほぼ合致する。現在は手賀沼に注ぐ大津川が流れ、川沿いに田畑が広がっているが、古代においては手賀沼の入り江がここまで来ていたという。東海道はここで陸路と水路の両方が使われていた。次の於賦(おふ)駅の所在地と推定される我孫子市新木は手賀沼の北岸にあり、なるほどと思わせる説である。

 

ここは藤心(ふじごころ)というきれいな町名だが、古くからの要衝だったことは江戸時代に代官所が置かれていたことからもわかる。

 

 

陸路を行く東海道はここから再び台地を上る。

 

 

柏市史にははっきり示されていないが、その道は「ニッカ通り」と名付けられている主要市道ではなく、先ほどの狐峠からこの先の廣幡八幡宮に通じる直線道路との連続性を考えると、住宅地の中を抜ける道ではないだろうか(地図D地点)。

 

 

住宅地を抜けると道は静かな林の中に入っていく。初めに疑問を感じて古代東海道を調べるきっかけになった十字路(地図E地点)はこの先だ。



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